午前四時半のスペルトヤードは、すっかり静まり返っている。街灯が石畳に長い影を落とし、9番地の角を走るトラムの線路は冷たいまま。けれどベイクハウスの中では、ひとつのスイッチで一日が始まる。ルーカス・ブラントが中古のデッキオーブンのヒーターを入れると、石室がかすかな唸りとともに明るむ。最初のパンが入るまでの二時間近く、あの重い石の床は熱を蓄える。石は急かせない。表面が温まっただけの窯にパンを入れると、冷たいバヌトンが触れた途端に石は熱を失ってしまう。04:30に火を入れるのは、皮とクラムと窯伸びへのこだわりだ。
石が温まるあいだ、ルーカスは木の捏ね桶へ移り、オートリーズを始める。使うのは、地域の製粉パートナーから届く石臼挽き粉だけ。小麦はわずか二十二キロ先のモーレン・テル・ベーケから、ダークライ用のライ麦は田園を越えた三十八キロ先のリンデンホーフ製粉所から。ルーカスは石臼挽きの粉を、ほどよい温度の冷たい水と合わせ、静かに休ませる。この間に粒がしっかり水を吸い、塩や種を加えるずっと前から、酵素の働きが自然に始まる。
05:30にはアマ・オウスが作業台につく。オートリーズした生地は、強く捏ねなくても腰と弾力を備えている。アマはそこにルヴァンを折り込む。トマシュ・ヴィエルズビツキとイネス・モローが、2019年の開店以来一日も欠かさず世話してきた、たったひとつの母種だ。部屋にはほのかに青りんごと乳酸発酵の香りが広がる。アマは確かな手つきで、カントリーサワードウ用に生地を900グラムずつ分け、木の作業台に細かなライ麦粉をふって、柳のバヌトンへ一つずつ収める。
06:15、イネス・モローが窯口に立つ。床の温度は完全に落ち着き、耐火の窯床の奥に深い輻射熱を抱いている。イネスは指先で生地に触れ、発酵のやわらかな抵抗を確かめる。ふくらんだパンに湾曲したカミソリで三本の迷いのないクープを入れ、長い木のピールに移して、赤熱する窯の石の床へすべらせる。密閉した庫内に蒸気を入れ、水分を閉じ込めて、皮が早く固まる前に生地が自由に伸びられるようにする。厚いガラス戸の向こうで、パンは大きく膨らみ、クープに沿って耳が開いていく。
そのあいだにも、次の焼成はすでに準備されている。リンデンホーフ製粉所の全粒をたっぷり含んだダークライの生地は、リネン敷きの桶で休み、メイ・チェンは土曜のカルダモン・ノットバンのためにバターを塗った天板を整える。パンはそれぞれ、石の床の温度と窯の空き具合で決まる、急がない順番で進む。工業用のコンベアではなく一台の窯だから、段取りは正確になる。パンは窯を待てず、窯もパンを待てない。毎朝は、ミキサー、成形、窯床のなめらかな連携で成り立っている。
七時には、変化が完了している。プリヤ・ラマンが正面の扉を開け、扉の札を裏返すと、濃く香ばしい小麦の香りがスペルトヤードへ流れ出す。最初のカントリーサワードウは、窓辺の背の高い木の冷却ラックで、朝の空気に皮がかすかにはぜている。外の通りには、自転車の人、通学の子どもたち、仕事前に立ち寄るご近所さんの気配。カウンターの奥でプリヤは、私たちを育ててくれた街のために、その日のはじめのパンを積み上げる。四時半の静かな儀式が、このパンを可能にした。
